2007年04月19日

江原啓之 人生 相談 結論で読む人生論―トルストイから江原啓之まで

結論で読む人生論―トルストイから江原啓之まで

勢古 浩爾

結論で読む人生論―トルストイから江原啓之まで







少し相対的か?
でもそんなんでもないんですよね。
古今東西の人生訓をピックアップしていき、導いていくわけですから。
結論なんてあるわけない、見つける或いは見つかる前におっ死んぢまうからでしょう。
人生の答えとは神の証明なのかもしれません。

人生論の人生論
数々の人生論を批評しながら著者の人生論を展開する、といった趣旨の本です。おおまかにいえば、楽しければそれでいいじゃん的な価値を退け、だからといって「神」や「スピリチュアル」に安易に身をゆだねるのでもなく、また、「どうせ死ぬのだから」とひとりよがりな哲学を深めることに終始するのもどうかと思うので、与えられた人生を「まじめ」に精一杯に生きぬき、具体的な仕事をこなし、自己を高めながらも自分のまわりの特定の人のために出来ることの意味を真摯に問いつめる、というスタンスで様々な本が紹介されていきます。

ホリエモンはむろん最低最悪のケースなわけですが、しかし夢に向かって粉骨砕身する若き企業経営者はちゃんと評価されます。「霊」にはあくまで否定的ですが、それに導かれながらがんばる人には好意的です。どう考えても人生は無意味だ、という神なき時代の痛々しい認識から出発しつつ、けれどなお、なのになお、世界に満ち溢れている(かもしれない!)「意味」を探すことをあきらめません。こういうの、大好きです。

オチは、またもやな吉本隆明大先輩の名言なわけですが、著者ならではのちょっとしたアレンジを加えたりもしています。いずれにせよ、いつも通りの毒舌たっぷりの批評がさえつつ最後にしんみりさせるその話芸をきいていて、夢も希望も特にもてはしませんが、とても元気になりました。

集大成的仕事
「人生の意味とは何か」という人類永遠の問いに対峙した勢古浩爾ひさびさの「新書じゃない」本。いつもながら相手の「名前」にこだわらず、腑に落ちるものはいい、おざなりなものはだめと、哲学者たちが提示する「人生の意味」を斬っていく。

「僕はなんのために生きてるんだろう」「生きる意味って」「僕はなぜ自殺せずにいるのだろう」という循環しつづける問いにぐるぐるぐるぐるからめとられている人が最後まで読んだら、著者の中央突破的な「答え」に、すとんと憑き物が落ちることでしょう。
posted by era at 20:33| Comment(1) | TrackBack(2) | 江原啓之 人生 相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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